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遠乗りの思い出

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  遠乗りで楽な車は、やはり手放せない。そのつもりもありませんが。 過去、キャンプや遠方に出かける時用に仕事用とは別に常に個人用の車を所有してきましたが、それぞれに思い出があって、あの車であそこに行ったよなぁ。みたいな。    1番の長距離は、自宅の埼玉県から鹿児島の屋久島ですかね。往復3,500km超といったところでしょうか。それと同じぐらいに昨年の夏の北海道がやはり往復で3,200kmですね。     屋久島の時は2代目プラドで1997年ごろだったと思いましたが、この時は運転者は女房と交代しつつ夜通し車を走らせていたものでした。思い出してみると、「屋久島は遠いなあ」と思いながら運転していたような気がします。東名高速道路では所々で、渋滞にハマったり、山陽道は瀬戸内海を眺めながら快適に走れるかと思いきや、時々チラッと見える程度で、期待ハズレでダラダラと距離だけを稼ぐ感覚でちょっと怠かったですね。 遠野と桜とボルボXC60 T6                                        「晴れ ときどき 写真。」               http://tokidokiphoto.blogspot.jp

薄っぺら じゃあいけないよね。と思った。

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 「遠野」を撮るとなると、薄っぺらな写真ではいけないよな。と思った。 全くの素人でただ好きだから撮っている私には気楽に撮れるけれども、深くその土地に纏わる背景を意識したら、容易く撮ったり語ったりすることは安易なことでない。   また、強烈な先人たちが撮ってきた地であるから、「遠野」が発するエネルギーだったり、目に見えないものを身体全体で感じながら、もしくは逆に自然体で「遠野」に溶け込めているような、昔から住み続けているような感覚の持ち主でなければ、「遠野」を表現するのは、困難なことじゃないかなと思う。 私は素人で好きなように撮れて、好きなようにこのようなブログにアップできて、気が楽な立場で良かったなあと心からそう思います。   遠野の茅葺き屋根の水車小屋 「令和」綾織三社神社 デンデラ野 「遠野さくらまつり」にて 遠野市内にて 浄堅寺にて                   「晴れ ときどき 写真。」               http://tokidokiphoto.blogspot.jp

偉そうなこと言えませんけどね。

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「世にも奇妙な物語」の日本史版を目の当たりにする個人ツアー的な旅行でした。 そんなだから、撮った写真もそれなりな感じで編集してみたりして。   それがとても、記憶の中の「遠野」と一致するのですから、私的にはまとを外した感じもありません。 写真は記憶色を再現しようとする意識がありますが、記憶の印象を再現する意識も多分にあっていいかと思います。それが、編集の域を超え加工だとしても、写真というカテゴリーからはみ出し、アーティスティックな自己表現としては、よろしいんじゃなかと思います。  なんて、偉そうなこと言えませんけどね。 遠野をめぐる。                   「晴れ ときどき 写真。」               http://tokidokiphoto.blogspot.jp

今年のGWは「仕事半分、遠野半分」。

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 今年のGWは「仕事半分、遠野半分」。 今年のGWは10連休ということでしたが、流石に仕事を10日間やらないわけにもいかず、前半は出勤。平成から令和にかわった5月1日から5月5日まで東北に出かけてきました。  今回の旅行のメイン先は岩手県遠野市。柳田國男の「遠野物語」となっている場所です。  カッパやおしら様に座敷わらし、狼や天狗にも残念ながら誰とも会えずに帰宅と相成りました。     遠野に出てくる舞台や街中や遠野界隈を散歩してきました。宿は相変わらず一番気軽な車中。初日とその翌日は強風で悩ましかったですが、遠野の空気に包まれながら楽しいGWが過ごせました。  後手後手なブログになっている今日この頃です。                   「晴れ ときどき 写真。」               http://tokidokiphoto.blogspot.jp

総括。そして、次回は「携わる」です。

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  八戸の朝は雨模様。 八戸I.Cから八戸自動車道に乗り、安代ジャンクションから東北自動車道で一気に自宅へ走ります。   八戸を出発する際にカーナビで自宅に設定すると  全行程 638km 所要時間8時間34分 道中が帰省渋滞にはまりたくなかったので、朝早くに出発。     八戸から自宅までナビの設定   午前4時スタートです。 朝4時にスタート。 8月11日からスタートし15日まで5日間掛けて太平洋側沿いを北上してきました。 そして、今日あと数時間で帰途に着く予定です。 そのせいか、雨降るどんよりした雲を、車のフロントウインドウ越しに何度も見上げながら、東北から離れて行くことを名残惜しんでいました。     八戸の海岸にて   東日本大地震の3.11の数日後に南三陸町の親戚宅まで、車に食料や灯油(本当は車に積んで移動して良いのかどうかは知りませんが)やらを積み込んで訪ねた事がありました。あの時はさいたまでも食料等の買占めがあって大変だった事を思い出します。  その時から「百聞は一見に如かず」だと思い知らされました。その当時はネット上では、東北に行くのは「地元の人が迷惑がっている」とか、「現地まではたどり着けない」とか「頑張れ」の言葉さえ発しちゃいけない風な事がネット上で飛び交っていましたが。いてもたってもいられなかったので、灯油の販売店で事情を説明して灯油を分けていただき(ガソリンも分けてもらって道中の予備タンク代わりに持って行きたかったが、それは危険なので断念)、スーパーマーケットで食料をがばがばと買い込んで、真夜中の高速で南三陸へ向かいました。     2011年3月27日 東北自動車道のSAにて。   ガソリンがいきなり入手できなくなって大変な事態でしたので、超省エネモードで高速道路を走りました。高速道路を走る皆も同じようなスピードだったりで、途中S.Aでガソリンが手に入ると情報があったので、朝4時頃だったかな?それぐらいの時間から待機していたのですが、待てど暮らせど一向にその気配はなく、ガソリンスタンドの前の大渋滞で待ちぼうけ。ど...

朝の連ドラ「あまちゃん」の貢献度高し。と思った。

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5日目は北へ向かう最終日。八戸に向かってGo! です。 そんな最終日は、NHK朝の連ドラ「あまちゃん」の舞台にもなった場所からスタート。普段朝の連ドラは見ないのだが、宮藤官九郎脚本のドラマは面白かったので時々見ていた。  舞台の中では「袖が浜」駅。本当は「堀内駅」で電車が来るのを待っていたりしたものだから、この辺りで結構多くの時間を費やしたものだ。何せ、電車の本数が多い時で一時間に1本の割の運行状況であるから。     「袖が浜」駅こと「堀内(ほりない)」駅   このアングルも登場していたっけね。   「あまちゃん」のドラマが懐かしい。   まだまだ「あまちゃん」。   久慈の町手前の野田の鮮魚センターでおみあげ購入。活ホタテやツブやらいろいろをクール宅急便で送った。   そして昔この辺りは塩や鉄を作っていて、 盛岡までベコで塩を運んで行っていたそうです。その道を「ベコの道」とか「塩の道」とか「久慈野田街道」とか呼ぶらしい。    久慈の街中は賑わってます。お盆中のせいかどうかは知りませんが、道路は渋滞。観光お土産センター化している道の駅の駐車場に入るにも満車で待ち状態。久慈駅前の「あまちゃん」で登場してくるあたりも人がいっぱい。そんな感じなわけで、道の駅以外は素通りしちゃいました。    久慈の街中に入る前に、朝食を取りたく、ネットで調べて評判良さげなお店に行ったのですが……はずしちゃいました。     岩手県久慈市野田村    そんなこんなで、気を取り直そうと頑張って尚も北へ。気になる看板にそそられて「国家石油備蓄基地」寄り道。そもそも私のルート全てが寄り道みたいなものですが。   行ってみるとなんともこじんまりとした施設。併設されている水族館が人気みたいで、沢山の家族連れで賑わっていたようです。で、後で調べてみますと、海とは反対側の山の中に「地下岩盤方式」で原油を封じ込めているらしい。凄いな。チェルノブイリの石棺方式の逆転発送的な方式だな。時代の流れが錯綜してすいません。 ...