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何かと変化が多い今日この頃です。

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 何かと変化が多い今日この頃です。 ブログネタが多いと言うのに、半年ぶりの投稿。  主に仕事関係なのですが、コロナ禍の影響で変化せざるを得ない訳で、それに心身ともに、今の時流に流されつつ溺れないようにしなくてはいけない訳で、仕事場は変化と言うには緩く、変革期を迎えております。  あれこれやらねばならぬ作業が吹いて湧いて出てくるのですが、なかなか行動が伴わずに、ジレンマ発生。脳味噌がフリーズすること頻繁。今年当初は6月ごろには目鼻ついているかと思いきや、すんなりと事が進まない。慌てず焦らず、誤らずと自分に言い聞かせながらやっているのだから無理もないのかもしれないが。 ****************************************  先日(6月28日)にオートバイに乗ってゲームする感じの「SSTR2022」に参加してきました。  太平洋側で日の出をスタートとし、日本海側の石川県羽咋町のなぎさドライブウエイで日の入りまでにゴールする。その間に昔に林間学校でやったオリエンテーリングみたいに、ポイントを拾っていくのですが、指定の道の駅3ポイント、道の駅2ポイント、高速道路のサービスエリアとパーキング1ポイントとか設定がされていて、ゴールまでに合計15ポイント以上を取得する。こんな感じの至ってシンプルなルールで完走を目指します。    当日は天気が良く暑くもなく、寒くもなく、風もほぼなしの絶好なツーリング日和でした。おかげさまで、難なく17 ポイントゲットしてゴールまでたどり着けました。  その日は高岡市内で宿泊し、翌日は氷見あたりを周遊し、美味い昼飯食って、帰ってきたとさ。ってな感じ。   富山湾にて  「SSTR2022」にお誘いしてくださり、且つ、一緒に楽しんでくれたお供達に「ありがとうございました。おかげさまで楽しい2日間が過ごせました。また機会を作って出かけましょう!!。」 「晴れ、時々写真。」 http://tokidokiphoto.blogspot.com

お気に入りの場所が また一つ増えた。能登半島の能登島

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能登島の道の駅 「のとじま交流市場」でお店の人に 能登島に橋が架かっていなかった時にはどうしていたのかの話を聞いてみた。 橋が架かる前は、七尾の町側との往来はカーフェリーだったそうです。 その前は舟。 その当時、島の男たちは舟で町へ行き、お嫁さんは舟に乗ってやってきたそうです。 道の駅 「のとじま交流市場」では、食事もできるし、能登島のお土産買えるので、能登島へ行った時はココに立ち寄ると良いかと思います。  私は、能登島のお米とお菓子と珠洲のお塩を買いました。 能登島のおせ植えの風景 能登島のおせ植えの風景 能登島の風景 能登島の風景   イルカに会えるカフェ「海とオルゴール」でイルカに会えました。 能登島の海を勢い良くジャンピング?しながら横切っていく数頭の親子?。 青い空、青い海、カフェのテーブルには季節の可愛いお花。 「海とオルゴール」ではお食事もできます。私はカレーライス。 親父一人の旅行の私に、「海とオルゴール」の奥さん坂下さんが写真の撮影スポットなど、いろいろ教えてくれました。 カップルでグループでイルカウォッチングに行かれることを強くお勧めいたします。 ココ見てね⤵︎ http://www.umi-to-orgel.com/irukawatching/ イルカに会えるカフェ「海とオルゴール」にて イルカに会えるカフェ「海とオルゴール」にて イルカに会えるカフェ「海とオルゴール」にて お気に入りの場所がまた一つ増えました。               「晴れ ときどき 写真。」            http://tokidokiphoto.blogspot.jp

これもまたノマドなのか。

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 何もこの街に限ったことではない。 各地でこのような街の発展の移り変わりが見られる。  昔、電車も車も発達していなかった時代の港町は、漁港を中心に街が栄えていった。 商い、住まい、娯楽施設などなどの街並み。そして、行商で往来で賑わった街道。それらの町は海に沿って横に伸び発達していった。また、川に沿って上流にも伸びていった。 富山県氷見市の街を歩く  やがて、鉄道が交通手段のメインになると、「駅」を中心に町が新しく出来てきた。 街道を使い、荷車や馬車で輸送するより遙かに多く、そして遠くに物資を運べるようになり、出て行くばかりでなく入ってくるものも盛んになり、町は繁栄していった。  廃藩置県や村の統廃合などを繰り返しながら、町が大きくなりながら、まとまりながら、 やがて、街の賑わいは港や街道沿いから駅チカに移り。役場を中心に行政が執り行われるようになったのだろう。 富山県氷見市の街を歩く   今はと言うと、自動車での移動が中心となり、広い大きな国道沿いにショッピングセンター、大型量販店、コンビニエンスストア、ファミリーレストラン、飲食店などが新しく出来てきている。 富山県氷見市の街を歩く   鉄道での移動が人も物資も減り、車社会と移行してきたのだ。やがて、駐車場の整備が整っていない昔の商店街はシャッター通りとなり、人の居住圏も移るのだ。 富山県氷見市の街を歩く これもまたノマドなのか。 今回の北陸旅行で見て感じ実感したことでした。 富山県氷見市の街を歩く               「晴れ ときどき 写真。」            http://tokidokiphoto.blogspot.jp      

エメラルドグリーンとオレンジとコバルトブルーの富山湾

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 富山湾はエメラルドグリーンとオレンジとコバルトブルーに染まる。 夕陽が沈む時から沈んでまもなくの間の海がとても綺麗。 日没時の夕陽のオレンジとエメラルドグリーンとコバルトブルーに染まる時間があります。   今回は上手く写真に収められませんでしたが、次回富山湾を訪ねた時は、綺麗に撮れるように狙ってみたいと思います。 富山湾の夕景 富山湾の夕景 富山湾の夕景                  「晴れ ときどき 写真。」               http://tokidokiphoto.blogspot.jp

能登半島に夕陽が落ちる。

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  長野県から新潟県に入り、国道8号線で糸魚川から親不知を通り過ぎたら、とにかく国道。県道、市道からそれても、日本海岸沿いに西へ走る。素敵な名前のヒスイ海岸に期待を寄せて被写体を探してはみたものの、なかなか見つからず。  徐々に陽は落ち始めてきたので、消波ブロックと防潮堤灯台のある眺めの良い場所に落ち着いた。  夕日が落ちる先は日本海にあらずで、能登半島の低い山並みに落ちる。 ここは、すでに富山湾なのだろうか?東京湾のように地形がハッキリと入り組んでおらず判りにくい。とはいうものの、波が穏やかだ。  夕日が落ちてもチャッチャト帰らないのは釣り人と私ぐらい。しかし私は星景撮らないので夕日が落ちて1時間もすれば退散しますがね。 富山県入善町 入善漁港付近にて 富山県入善町 入善漁港付近にて 富山県入善町 入善漁港付近にて 富山県入善町 入善漁港付近にて                       「晴れ ときどき 写真。」                    http://tokidokiphoto.blogspot.jp

今年のG.Wはぐるっと東北。

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 今回は、秋田港に始まり津軽と下北を掻い摘んで走ってきました。  秋田の町は殺伐とした荒涼な風景と工場地帯と都市が隣接しながらも整理されているので、一粒で2度美味しいどころでなく、 もっと美味しさを味わえる町の様な感じです。 そう言えば、秋田でラーメン食べ忘れたです。  八郎潟に訪れたのは今回で3回目ですが、飽きないですね。 な〜んにもなくて殺風景な印象ですが、広大に広がる風景の中に自然と人、動植物とが共存している様が見て取れると、おのずとカメラを向けたくなります。 秋田港とセリオン 岩木山と水田 青森県と秋田県の県境近くで日没後の日本海を望む 青森県横浜町にて 三厩の北海道への入り口青函トンネル    「晴れ ときどき 写真。」 http://tokidokiphoto.blogspot.jp

日常的な海との関わり。

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日常的な海との関わり 海なし県の埼玉県に育ち40年以上。すっかり海との関わりは、写真を撮りに行く時ぐらいしかなくなってしまった。  海水浴やサーフィンでもするのであれば、海に行く機会は多いのでしょうけれども、全くやらない。潮干狩りさえやらない始末だ。海が嫌いと言う事でもないはずだが。   今夏の鳥取の植田正治写真美術館へ行く際に、折角、北陸・山陰の海岸沿いを走るのだからという事で「自然と人間の接点探し」を意識付けをし、自然の「海」と、人間と密接に係る「神社」とが接している場所を写真に収めることを今回のお出掛けのテーマとしました。      昔から海沿いに住んでいる人達は、海との際で厳しさと闘いながら、その中で恩恵に感謝しつつ永いこと毎日の日々を生活し続けています。そして、自然の厳しい環境下で生きている世界では、太古から現代に受け継がれる伝統や言い伝え、おとぎ話など数多く残されております。  人々は、海を敬い祀り立てる。そう言った類の象徴として存在するもののひとつとして、海の中や際に立つ鳥居や社なのでしょう。     石川県 能登半島