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境界線って何だろう。帰還困難区域と今回居住制限区域。

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いつ頃だったか、ブログにアップせずに長いこと「下書き」の放置状態だったか。 このまま埋もれてしまうのも、勿体無いので本日公開です。 ですので、内容はちょっと2年ぐらい古いです。 ********************************** 境界線って何だろう。 帰還困難区域と今回居住制限区域が解除される地域の境界ライン。 コッチは住めて、道路一本あっちは、防護服着て、許可証を提示して、バリケードの中に入れてもらって出てきたらスクリーニング検査して。 子どもに質問された時に、そんな状況を上手に説明できますか? 「あっちは、放射能で汚染されているから、入っちゃいけないんだよ」 何て教えられないですよね。 同じ町内で、いじめ、なんて発生しないですよね。大丈夫ですよね。 大人へのセミナーとか開いた方が良いんじゃないかと思うんです。    それと猪やハクビシンはそこらじゅう徘徊しているらしいですから、町から追い出さないと怖いですね。 猪と車の衝突は多いらしいですね。 ところで、野良の猫とか犬とかいるのかなぁ?   見かけなかったなぁ 。境界ライン近くにいたら、あっちと、コッチ往き来しているんでしょうね。 子供には「触っちゃダメ」って教えるのかな? 期間困難区域では、屋敷の入口にゲートが設けられている。双葉町にて 居住制限区域が解除される町の役場の方々も気苦労が多そうです。 居住制限区域目前ですが、それと同時に復興交付金の交付の期限が確定されてしまいます。しかし、国は金銭面だけでなくソフト面で、当該地方自治体に今まで以上の支援が必要かと思います。 私たちが治めている復興特別所得税を有意義に活用してもらいたいものです。 浪江町請戸の残った住宅。この辺りも解除なのか。 防潮堤はまだ工事中。(防潮堤の高さが低いように思われますが) ※ 復興特別所得税とは 国税庁の HP ⤵︎ https://www.nta.go.jp/tetsuzuki/shinsei/annai/gensen/fukko/pdf/01.pdf

結婚式場 高野会館 宮城県南三陸町

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  先日、南三陸町(以前は志津川町)出身の義父の1周忌を終えた。 その際に義父の兄弟から聞いた話しが、写真の「高野会館の屋上のエレベーター室に逃げて命が助かった」と言っていました。    昭和35年のチリ大地震の津波の時で5m超。今回の3.11が20m超。 現在行われている土盛りの高さが10m〜20mだそうです。 土盛りの津波に対する強度ってどれだけなもんなのでしょうかね。何かの機会に調べてみたいと思います。        2枚目の写真は南三陸町の防災センターの献花台に2017年のお盆頃以降だったかな?行かれた方はお気づきの方もいるかと思いますが、あの時の案内板です。ちょっと悲しい状態。 今も現存している高野会館 放置?されちゃった献花台の案内板                            「晴れ ときどき 写真。」               http://tokidokiphoto.blogspot.jp

遠乗りの思い出

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  遠乗りで楽な車は、やはり手放せない。そのつもりもありませんが。 過去、キャンプや遠方に出かける時用に仕事用とは別に常に個人用の車を所有してきましたが、それぞれに思い出があって、あの車であそこに行ったよなぁ。みたいな。    1番の長距離は、自宅の埼玉県から鹿児島の屋久島ですかね。往復3,500km超といったところでしょうか。それと同じぐらいに昨年の夏の北海道がやはり往復で3,200kmですね。     屋久島の時は2代目プラドで1997年ごろだったと思いましたが、この時は運転者は女房と交代しつつ夜通し車を走らせていたものでした。思い出してみると、「屋久島は遠いなあ」と思いながら運転していたような気がします。東名高速道路では所々で、渋滞にハマったり、山陽道は瀬戸内海を眺めながら快適に走れるかと思いきや、時々チラッと見える程度で、期待ハズレでダラダラと距離だけを稼ぐ感覚でちょっと怠かったですね。 遠野と桜とボルボXC60 T6                                        「晴れ ときどき 写真。」               http://tokidokiphoto.blogspot.jp

薄っぺら じゃあいけないよね。と思った。

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 「遠野」を撮るとなると、薄っぺらな写真ではいけないよな。と思った。 全くの素人でただ好きだから撮っている私には気楽に撮れるけれども、深くその土地に纏わる背景を意識したら、容易く撮ったり語ったりすることは安易なことでない。   また、強烈な先人たちが撮ってきた地であるから、「遠野」が発するエネルギーだったり、目に見えないものを身体全体で感じながら、もしくは逆に自然体で「遠野」に溶け込めているような、昔から住み続けているような感覚の持ち主でなければ、「遠野」を表現するのは、困難なことじゃないかなと思う。 私は素人で好きなように撮れて、好きなようにこのようなブログにアップできて、気が楽な立場で良かったなあと心からそう思います。   遠野の茅葺き屋根の水車小屋 「令和」綾織三社神社 デンデラ野 「遠野さくらまつり」にて 遠野市内にて 浄堅寺にて                   「晴れ ときどき 写真。」               http://tokidokiphoto.blogspot.jp

偉そうなこと言えませんけどね。

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「世にも奇妙な物語」の日本史版を目の当たりにする個人ツアー的な旅行でした。 そんなだから、撮った写真もそれなりな感じで編集してみたりして。   それがとても、記憶の中の「遠野」と一致するのですから、私的にはまとを外した感じもありません。 写真は記憶色を再現しようとする意識がありますが、記憶の印象を再現する意識も多分にあっていいかと思います。それが、編集の域を超え加工だとしても、写真というカテゴリーからはみ出し、アーティスティックな自己表現としては、よろしいんじゃなかと思います。  なんて、偉そうなこと言えませんけどね。 遠野をめぐる。                   「晴れ ときどき 写真。」               http://tokidokiphoto.blogspot.jp

今年のGWは「仕事半分、遠野半分」。

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 今年のGWは「仕事半分、遠野半分」。 今年のGWは10連休ということでしたが、流石に仕事を10日間やらないわけにもいかず、前半は出勤。平成から令和にかわった5月1日から5月5日まで東北に出かけてきました。  今回の旅行のメイン先は岩手県遠野市。柳田國男の「遠野物語」となっている場所です。  カッパやおしら様に座敷わらし、狼や天狗にも残念ながら誰とも会えずに帰宅と相成りました。     遠野に出てくる舞台や街中や遠野界隈を散歩してきました。宿は相変わらず一番気軽な車中。初日とその翌日は強風で悩ましかったですが、遠野の空気に包まれながら楽しいGWが過ごせました。  後手後手なブログになっている今日この頃です。                   「晴れ ときどき 写真。」               http://tokidokiphoto.blogspot.jp

富岡町と浪江町と南相馬市小高区などを回ってきて。

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  原発事故が起きた近くの地域は、未だに危険困難区域で通行許可書をあらかじめ取得していない限り、立ち入り禁止となっている。 現在、富岡町のJR常磐線「夜ノ森駅」が再建されています。以前の木造の駅舎は既に解体が終わっており、新しい駅舎を建設する段階となっています。   ここで、疑問なのですが、「夜ノ森駅」は危険困難区域の中でしっかりとゲートがあり、警備員も配置されており、立ち入り禁止となっています。駅舎の完成は、常磐線の全線開通に合わせた、2019年度末という話しですが、駅利用者はゲートの中をどのようにして往来することになるのでしょう。またこの駅に降りる時には、何らかの対策は講じるのでしょうか?放射線濃度が、2019年末までに急激に減少することはあり得ないでしょう。それとも、もう安全だから、ゲートを解放しますとでもいうのでしょうか?   正直なところ、疑問と矛盾が錯綜している私です。 富岡町 桜まつりの盛り上がったステージ 富岡町桜まつり 危険困難区域をバスで見学する。 富岡町桜まつり 危険困難区域をバスで見学する 富岡町桜まつり 危険困難区域をバスで見学する 富岡町桜まつり 危険困難区域をバスで見学する 富岡町 外国人取材クルー。 ここに新しい夜ノ森駅舎ができます。 上の写真を撮った所で、放射線量を測定してみました。 富岡駅ー浪江駅までは現在不通であり、バスが代行している。 国道6号線より東京電力福島第一原子力発電所を望む。                 2019年4月6日 ・7日撮影                   「晴れ ときどき 写真。」               http://tokidokiphoto.blogspot.jp

家族連れも戻りつつある。 南相馬市小高区 

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    先日、双葉郡富岡町の桜まつりの翌日に南相馬市小高区 小高駅界隈を散歩してきました。 3.11 福島第1原発事故で小高区のほぼ全てで避難指示区域に指定された。2016年に避難指示が解除となって以降これまでに徐々に居住者が戻ってきているらしい。 実際に街中や住宅地を歩いてみますと、車の往来や人の往来が多少なりとあります。家庭菜園的な小さな畑でも耕作していたり、住宅からは生活音が聞こえたりしています。 家族連れで街中を歩いている様子も伺えました。 とは言うものの、3割近くまで人が戻ってきているらしいが、まだまだ活気が帯びている感じは薄い。やはり、高齢者の割合が多いからなのかもしれない。 2019年4月7日 南相馬市小高区 JR東日本 常磐線「小高駅」 南相馬市小高区内にて JR東日本 常磐線「小高駅」 福島県南相馬市小高区内を散歩する。 郵便ポストにはカバーが掛けられていました。 家庭菜園も行われていました。                 「晴れ ときどき 写真。」              http://tokidokiphoto.blogspot.jp

「富岡町桜まつり2019」今年も行ってきました富岡町へ! ②

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前回の続き 「富岡町桜まつり2019」今年も行ってきました富岡町へ! ② 富岡町を活動拠点にしている「さくらyosakoi天花」さん 午後の部のスタート待ち 終了後の記念撮影 富岡第2中学校では楽しいイベントが開催されていました。 メッセージ書いて「とみおか千枚桜」                 「晴れ ときどき 写真。」              http://tokidokiphoto.blogspot.jp

「富岡町桜まつり2019」今年も行ってきました富岡町へ!

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「富岡町桜まつり2019」今年も行ってきました富岡町へ! 毎年お出かけの恒例になりつつある富岡町行き。 年々賑やかになっていく夜ノ森の桜並木で行われる「富岡町の桜まつり」。  前年は「よさこい」の演舞の時間に間に合わずでしたが、今年は午後の部からの踊りをたっぷり楽しませてていただきました。 富岡町公式HP http://www.fukushima-tv.co.jp/tomiokasakura2019/ 「富岡町2019年さくらまつり」よさこい 夜ノ森の桜並木の下でよさこいの演舞。 お隣の楢葉からの参加で華麗に盛り上がる! 年々盛り上がる「富岡町 さくらまつり」 富岡の元気が私にも元気を与えてくれます。                 「晴れ ときどき 写真。」              http://tokidokiphoto.blogspot.jp

満開の時期を逃してしまいました。福島県富岡町

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 今年で 2 回目の福島県富岡町の夜ノ森の桜お花見。 今年は残念ながら、満開の時期を逃してしまい見頃は過ぎて花見客も少なかったです。   とは言うものの、原発事故の被害をまともに受けた地域の住民と関係者が、復興に向けて動いていることが感じられたのが、ホッとします。   富岡町や浪江町、楢葉町などを幾度も訪ねてはおりますが、住民の方々が集まった息吹のようなものを感じられるのは、こう言ったイベント以外には 3.11 の追悼式とお盆の花火大会ぐらいなものですので、それではあまりに寂しいものです。 福島県双葉郡富岡町 夜ノ森の桜    当たり前ですが、人がいなければ町・地域が成り立たないわけで、原発の被害を受けた事に全く関係なく、東京への一極集中はますますその傾向は強まり、国内にはいくつも過疎化で村の存続が危ぶまれている所があります。 福島県双葉郡富岡町にて    第一原発が富岡町より離れた隣りの楢葉町は復興住宅の建設が訪ねる度に増えているのには驚かされます。その又隣りの広野町では、ロボット工場の拠点にしようと計画が上がっていたりします。   富岡町や双葉町、浪江町はまだまだ、帰還困難区域に指定されている地域とガッチリ遮断されたゲートと今後数十年向き合って行かねばなりません。     私の住んでいる埼玉県から車で僅か 4 時間も掛からない場所に、放射能汚染によって人の立ち入り禁止区域があると言う現実は信じ難いですが現実です。 福島県双葉郡富岡町夜ノ森の帰還困難区域のゲート 福島県双葉郡富岡町夜ノ森の帰還困難区域のゲート 福島県双葉郡富岡町 富岡保育所の現在 福島県双葉郡富岡町 富岡保育所の現在    ダンプの往来が激しかった富岡駅付近も、ここの所ようやく富岡町の海岸線に近づけるぐらいになったり、ホテルや駅併設の売店と食堂が開業したりと、町が動き始めているようです。 富岡町から福島第2原発方面を望む ようやく富岡の海岸に近付けるようになりました。     ただ、一方、正直な話し...